大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和56年(ヨ)713号 決定

債権者 斉藤忠男

債務者 三和交通株式会社

主文

本件仮処分申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一(当事者の求める裁判)

一  申請の趣旨

1  債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、昭和五六年七月以降本案判決確定に至るまで次の各金員をそれぞれ仮に支払え。

(一) 毎月二七日限り前月二一日から当月二〇日までの一か月につき金二〇万八八四七円

(二) 毎年六月一〇日限り金一五万〇八四〇円

(三) 毎年一〇月二〇日限り金八万五〇〇〇円

(四) 毎年一二月一六日限り金二八万九六四三円

3  申請費用は債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二(当事者の主張)

一  申請の理由

別紙(一)のとおり

二  申請の理由に対する認否及び債務者の主張

別紙(二)のとおり

第三(当裁判所の判断)

一  当事者

債務者が旅客運送業を営むいわゆるタクシー会社であり、債権者が昭和五二年三月三〇日に債務者と雇用契約を結び、タクシーの乗務員として稼働していた者であることは、当事者間に争いがない。

二  債権者の退職

1  債権者が昭和五五年一月二一日以降欠勤を続けていたこと、しかるところ、債務者が債権者に対し、昭和五六年六月四日付内容証明郵便をもつて、「同年二月八日付で退職扱いとした」旨の通知をなしたことは、当事者間に争いがない(なお、右の通知が解雇の意思表示というべきものか否かという点については、のちに判断する。)。

2  疎明資料によれば、債務者の就業規則には、業務以外の傷病により欠勤が引続き三か月を超えたときは休職を命ずる旨の規定(第二二条第一号)が存することが一応認められ、また、右の就業規則に、右の私傷病休職の場合の休職期間は三か月間であり(第二三条第一項第一号)、休職期間が満了し、なお休職事由が消滅しないときは退職とする(第二九条第四号)との規定が存することは、当事者間に争いがない。

3  以上の1及び2の各事実を総合すると、債務者は、昭和五五年八月八日から債権者の欠勤を業務以外の傷病、すなわち、私傷病によるものと取り扱い、これから三か月を経過した日の翌日である同年一一月八日をもつて債権者を休職に付し、三か月間の休職期間満了の日の翌日である昭和五六年二月八日をもつて退職扱いとしたものであると考えられる。しかるところ、債権者が昭和五三年四月三〇日に業務中発生した交通事故で負傷したことは当事者間に争いがないが、右の事故に起因する傷病の治療が昭和五五年八月八日当時にはすでに終了していたことは、債権者の自認するところであり、また、債権者が昭和五五年八月八日に再び交通事故にあつたことも当事者間に争いがないが、右の事故が業務外で発生したものであることは、これまた債権者の自認するところであるから、債権者が右の事故により受傷したとしても、これをもつて業務上の傷病といいえないことは明らかである。してみると、債権者の昭和五五年八月八日以降の欠勤は、前記の債務者の取扱いどおり、就業規則の定める休職要件及び退職要件に該当し、さらにこれを充足するものと判断される。

4  ところで、債権者は、右の私傷病休職の場合の休職期間満了による退職もいわゆる解雇にあたるとの考えを前提として、その主張をなしているので、ここで右の退職の性質を検討してみる。疎明資料によれば、本件の就業規則上、右の退職は、第三〇条の解雇とは別個に規定されていることが一応認められ、また、前記のとおり、右の退職については、休職期間が満了し、なお休職事由が消滅しないときは退職とする旨規定されていて、その効力発生のために特段の意思表示が要件とされているとは解されず、しかも、右の要件が充足された場合において、債務者に退職させるか否かを決定する裁量権が留保されているとも解しがたい。そして、右の退職に関する規定がそれ自体合理性を欠くものであるということはできず、また、疎明資料上、以上の解釈と異なる慣行が存在しているとまでは認めがたいので、結局、前記の私傷病休職の場合の休職期間満了による退職は、解雇ではなく、雇用契約の自動終了事由とみるべきものである。

三  右退職が無効であるとの主張について

1  債権者は、債務者はその就業規則を掲示することなく、また、その存在及び内容を周知せしめうるに足る相当な方法も講じていなかつた(労働基準法第一〇六条参照)から、右の就業規則上の要件充足を理由とする本件の退職は無効である旨主張している。しかしながら、疎明資料によれば、債務者は、その就業規則を乗務員控室に備え付けていた事実が一応認められ、右の認定を覆すに足る疎明資料は存しない。したがつて、債権者の右の主張は理由がない。

2  次に、債権者は、本件の退職は、会社は乗務員の異動任免にあたつては本人の意向を十分尊重する旨を定めた労働協約第二三条、及び会社は組合員の休職、退職を行うときは本人、組合に通知する旨を定めた同第二一条に違反して無効であると主張している(申請の理由第一、四、2)。しかして、債権者が三和交通労働組合の組合員であつたこと、そして、債務者と右組合との間において債権者の引用にかかる右各条項を含む労働協約が締結されている事実は、当事者間に争いがない。

そこで、まず、労働協約第二三条違反の主張について検討する。この点につき債務者は、右条項にいう「異動任免」の中には本件で問題となつている私傷病による休職期間満了の場合の退職は含まれておらず、この解釈は、右条項制定の折に労使間で確認されている了解事項である旨主張しているところ、疎明資料によれば、右主張に沿う事実が一応認められる。確かに、前記のとおり、私傷病による休職期間満了の場合の退職は雇用契約の自動終了事由とみるべきものであり、その要件が充足された場合において債務者に退職させるか否かの裁量権が存しているということができないことに鑑みると、右の退職の場合は労働協約第二三条にいう「異動任免」の中に含まれていないという解釈も十分に理由があるものと考えられ、少くとも、右条項に違反したからといつて退職の効力が左右されるに至るものではないというべきである。

次に、労働協約第二一条違反の主張について判断する。同条は、その文理からしても、休職及び退職の際にはその旨を事前に本人及び組合に通知すべきことを定めた規定と解すべきものであるところ、本件において債務者が右の事前の通知をなしたという点については、債務者から主張も疎明もない。しかしながら、債務者が右条項に違反して事前の通知をしなかつたとしても、すべての場合において休職及び退職の効力が否定されるとまで解するのは相当ではない。すなわち、休職の始期が必ずしも明確ではなく、したがって、いつ休職期間が満了したのかが判然としないような場合(例えば、本件の就業規則上の懲戒休職や特別休職の場合など)には、組合員保護の見地から、債務者から事前の通知をすることが休職及び退職の効力発生要件であるというべきであるが、私傷病による休職の場合において、かつ、本件のように休職要件該当事由の存在が明確である場合には、当該組合員において休職の始期及び休職期間満了の時期を了知しうるはずであるから、事前の通知をしなかつたという手続上の瑕疵がただちにその休職及び退職の無効を招来するものではない(なお、疎明資料によれば、債権者は、債務者からの前記昭和五六年六月四日付退職通知に対して「私は就業規則をみた事がなかつたので、三年間の休職まで良いものと考へていました」と回答している事実が一応認められるが、前記のとおり、就業規則を周知させる措置が講じられていた以上、このような個人的な事情により休職及び退職の効力が左右されるものでないことは明らかであろう。)。

したがつて、労働協約違反による退職の無効をいう債権者の主張は採用できない。

3  さらに、債権者は、本件の退職は、債務者が労働条件を明示していなかつたこと等の事由により「不当解雇」である旨主張している(申請の理由第一、四、3)。右の主張は、いわゆる解雇の濫用と同様の法理により、本件の退職の無効をいうものと解されるが、前記のとおり、私傷病による休職期間満了の場合の退職は雇用契約の自動終了事由とみるべきものであり、その要件が充足された場合において債務者に退職させるか否かの裁量権が存しているということはできないから、右の退職につき、権利の濫用等の解雇の法理を類推適用すべきではない。したがつて、この点に関する債権者の主張は、その根拠である具体的事実の存否を判断するまでもなく、理由がない。

四  結論

以上によれば、本件仮処分の申請は、被保全権利の疎明がないことに帰し、かつ、保証をもつて疎明に代えることも相当でないので、その余の点について判断するまでもなく失当であるから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 村重慶一 西野喜一 河邊義典)

別紙(一)

申請の理由

第一(被保全権利)

一 当事者

債務者は、旅客運送業を営むいわゆるタクシー会社であり、債権者は、昭和五二年三月三〇日に債務者と雇用契約を結び、タクシーの乗務員として稼働していた者である。

二 労災事故等の発生による休業

債権者は、次のとおり交通事故にあい、入・通院、自宅療養、示談交渉等のため、休業せざるをえなかつた。

1 昭和五三年四月三〇日、債権者がタクシーを運転して信号待ちで停止していたところ、佐藤秋政運転の自動車に追突されて負傷し、通院及び自宅療養のため、事故日から同年五月一五日まで休業し、痛みは多少遺つていたが同年五月一六日から通常の乗務に戻つた。

2 次いで、昭和五三年九月二〇日、債権者は乗務中に他社のタクシーに追突されたが、軽度の追突事故であつたため、この時は治療も休業もしなかつた。

3 ところで、債権者は前記1記載のとおり、多少頭痛などが残存していたところ、昭和五三年一〇月頃になつてから頭痛、めまい、左肩から左腕にかけてのしびれが、いつそう嵩じてきたので、同年一一月九日から昭和五四年一月初めまでの間治療を続け(このうち一一月一四日から一二月二三日までの四〇日間は入院治療)、一一月一〇日から一月八日までの六〇日間は、やむをえず休業し、一月九日から再び乗務に戻つた。

4 ところが、昭和五四年八月頃になつて、再び頭痛や左腕などに痛みやしびれを感じるようになり、それが、昭和五五年一月初めからはいつそう顕著になつてきたため、同月一〇日頃から通院治療を再開したが、医師の忠告で同月二一日から休業して治療に専念した。

5 一方、債権者の前記1記載の事故に関する賠償につき、債権者は債務者に対し示談権限を委任したことも、また示談を承諾したこともなかつたのに、昭和五三年六月二三日、債務者は勝手に債権者名で示談書を作成してしまつた。

6 ところが、債権者は前述のとおり治癒していなかつたので、債権者は債務者に対し、示談を撤回するよう申し入れたが、債務者は示談の撤回をしようとしなかつた。

7 そこで、債権者は昭和五五年一月下旬、示談の無効を主張するため、社団法人交通事故紛争処理センターに和解の斡旋を依頼し、昭和五五年四月八日に、債権者は保険会社との間で自動車損害賠償責任保険の請求に関しての示談をなし、次いで同年七月五日に債権者は加害者の代理人弁護士との間で示談を成立させ、一応の解決をみた。

8 債権者は昭和五五年六月七日をもつて治療も終わり、その後の自宅療養で乗務可能な状態にまで回復したので、同年七月一〇日頃債務者のもとへ赴き、八月二一日から乗務に就く旨申し出た。

9 ところが、運悪く、昭和五五年八月八日、債権者は、夕食のため外出し、自宅付近で自動車を運転して走行中、飯田知子運転の自動車に衝突され、事故発生日の翌日から昭和五六年五月三〇日までの間、入・通院並びに示談交渉のために、休業を余儀なくされたため、予定していた昭和五五年八月二一日からの乗務に就くことができなかつた。

三 解雇

1 債務者は債権者に対し、昭和五六年六月四日付内容証明郵便をもつて、「同年二月八日付で退職扱いとした」として、いわゆる解雇の意思表示をなし、債権者は、同年六月六日頃右通知書を受け取つた。

2 右解雇通知の具体的な理由は、債務者の就業規則中に、

第二三条 (休職期間)

前条による休職期間は次の通りとする。

1 私傷病休職  三ケ月

但し結核性疾病は一年六ケ月とする。

2 自己休職   一ケ月

3 公務休職   その在任中

4 業務傷病休職 三年

(以下省略)

第二九条 (退職)

従業員が次の各号の一に該当する時は、退職とする。

1 死亡した時。

2 定年に達した時。

3 退職を願い出て、会社の承認を得た時。

4 休職期間が満了し、なお休職事由が消滅しない時。

(以下省略)

と規定されているところ、右第二三条第一項第一号の休職期間が満了したから、同第二九条第四号により、昭和五六年二月八日付をもつて退職扱いとした、とするものであつた。

四 本件解雇の無効

1 債務者の本件解雇は次の点で無効である。

(一) 本件解雇処分につき、債務者は就業規則第二九条第四号の規定に基づき、同規則第二三条第一項第一号該当の理由で解雇したとするものである。

(二) ところで、そもそも、就業規則がその効力を有するためには、同規則を労働者に周知させるため、掲示し、または備え付けるなどの方法によつて、使用者が労働者に対し、周知させなければならない(労働基準法第一〇六条)。

(三) ところが、債務者は就業規則を掲示することなく、またその存在及び内容を周知せしめうるに足る相当な方法も講じていなかつた。

(四) したがつて、周知させていない就業規則違反を理由とする解雇は効力を有していないから、債務者の解雇は無効である。

2 仮に第1の無効理由が容れられないとしても、債権者は三和交通労働組合の組合員であるところ、債務者と右組合との間において労働協約が締結されており、債務者が債権者に対し行なつた解雇理由は、右労働協約第二三条、第二一条に抵触して無効である。

(一) 労働協約第二三条の規範的効力について。

(1) 債務者と組合間の労働協約は、労働条件その他の労働者の待遇に関する基準にあたる人事の異動任免について、次のとおり規定している。

第二一条 会社は組合員の解雇、異動、配転、昇進、降職、懲罰、休職、退職を行なう時は、本人ならびに組合に通知する。

第二三条 会社は乗務員の異動任免にあたつては、本人の意向を十分尊重する。

(2) 右労働協約第二一条の規定は、組合員の解雇、休職を行なう場合、債務者は組合員本人及び組合に通知するだけで足りるとするものである。

(3) 第二一条の規定だけでは、債務者が一方的な通知だけで自由に組合員を解雇することができるので、組合員の地位は極めて不安定なものとなる。

(4) そこで、第二三条の規定によつて、債務者の組合員に対する異動・解雇権等の濫用を抑制しようとしたのである。

(5) つまり、労働協約第二三条に「本人の意向を十分尊重する」という規定が特に設けられている理由は、第二一条に基づく債務者の「一方的解雇」あるいは「解雇の自由」もしくは「解雇権の濫用」を、抑制するための解雇の基準を設定すると同時に、具体的な解雇についての当否の決定という二重の機能をも有しており、解雇基準の設定については、規範的効力を有する。

(6) 同規定の「意向を十分尊重する」という語句の、「意向」とは、(どうするかについての)考え(三省堂国語辞典、金田一京助編集)、かんがえ(岩波書店・広辞苑)である。そして、債務者はこの「考え」を十分に尊重するというのであるから、

イ まず、債務者は債権者自身が職場に復帰する意思があるのかどうかの「考え」を聞き、

ロ 意思があるとすればいつから復帰できるのかを聞くことが最低必要な要件である。「考え」を聞いて、十分に尊重したうえで解雇するのとは別の問題である。

(7) したがつて第二三条は、「本人に聞く」という解雇基準の設定と、「十分尊重する」という具体的な解雇の当否の設定という二重の意味をもつものであつて、解雇基準の設定自体は規範的部分に属するものである。

(8) ところが、債務者は、債権者の考えを何ひとつ確かめずに一方的に解雇したものであり、右解雇は、労働協約第二三条の規範的効力を有する部分に抵触して無効である。

(二) また、労働協約第二一条には、休職、解雇を行なう時の通知は、規定の仕方から事前に、その旨の通知をしなければならない定めとなつているにも拘らず、債務者は債権者に対し、休職については約七か月前に遡及し、解雇については約四か月前に遡及した日になしたことを、それぞれ通知してきた。これは第二一条による通知がなかつたことに等しく、労働協約第二一条に違反したもので、本件解雇は無効である。

3 仮に債権者の前記第1、第2記載の各主張が認められないとしても、次の事由により本件解雇は不当解雇である。

(一) 労働条件を明示していなかつた。

(1) 使用者は労働契約締結に際し、労働者に対して、退職に関する事項は、これを明示しなければならない。

また、休職に関する事項を定めた場合も、これを明示しなければならない(労働基準法第一五条第一項、同規則第五条第一項第四号、一一号)。

(2) ところが債務者は債権者に対し、入社時に退職及び休職に関する事項を全く明示しなかつた。

(3) また、入社後も右の明示は一度もなかつた。

(4) したがつて、債権者は、いかなる場合に休職扱いとなり退職扱いとなるのかは勿論のこと、休職扱いの定めがあることすら知らなかつたのであつて、いわんや休職期間など知る由もなかつた。

(5) それを、債権者において知悉していることを前提に、あるいは、明示していたことを前提に行なつた休職処分、解雇処分は、債務者の一方的な処分であつて、権利の濫用であり、不当解雇である。

(二) 示談問題についての未解決と不当解雇。

(1) 債務者は、債権者の交通事故に関する賠償金について、債権者に何の相談もなく、関係書類を偽造して示談した。

(2) 債権者は債務者に対し示談を撤回するよう求めてきたが、債務者は「やつてしまつたことは仕方ないじやないか、出る所に出せ。」というだけで何ら問題を解決しなかつた。

(3) 債権者は、その後事故の相手方と示談のしなおしをしたが、右の事実があつたため、慰藉料について満足な額を支払つて貰えないことになり、その点について債務者の責任を明確にするよう要求していたことがあり、債務者は債権者を解雇することによつて、右の事実を隠蔽しようとしていることが明白である。

(4) 債務者は、就業規則違反を表面に出してもつともらしい解雇理由を主張しているが、真実の解雇理由の一は右の示談問題を未解決のうちに葬り去ろうとしているのであつて、本件解雇は不当である。

(三) 組合活動に関する事件についての反債務者活動に対する不当解雇。

(1) 債務者の組合の元執行委員長高野十四朗が、債務者と組合を被告として、昭和五三年一二月二七日札幌地方裁判所に対し、労働契約存在等確認事件の訴を提起し、同事件は同庁昭和五三年(ワ)第二一九四号事件として現在審理中であり、また、右同日、同庁に対し、右高野から債務者と組合を相手に、地位保全、賃金支払、職務執行停止等仮処分事件を申請し、同事件は同庁昭和五三年(ヨ)第九二二号事件として審理され、昭和五六年四月二二日右高野の申請を全面的に認める判決の言渡があつた。なお、右仮処分事件は現在札幌高等裁判所で審理中である。

(2) ところで、右仮処分事件において判決の言渡しがなされるまでの間、高野十四朗は債務者から賃金を打切られたため生活費を賄うことができず、やむをえず、生活保護を受けていた。

(3) 債権者の義兄武田桃爾が、札幌市西区手稲山口地区の民生委員をしているところ、昭和五四年一月九日と、同月一一日の二回に亘り、深夜に債務者会社の桂忠から右民生委員に電話がかかつてきて、高野と右民生委員が結託して、高野に対し不正に生活保護を支給させているとか、新聞に大々的に報道して民生委員を退めさせてやるなどといつて強迫してきた事実があつた。

(4) 債権者は右強迫電話の事実を、右民生委員から、「債務者会社に桂忠なる者が勤めているか」との電話での問合せがあつて、はじめて知り、債権者は桂忠に直接会つて右事実を問い正したことがあつた。

(5) 債権者は、右の事実について供述書を作成し、高野はこれを債務者と組合に対する攻撃として前記仮処分事件に提出した。

(6) 債権者の右行動は、高野十四朗の組合執行部からの締め出しを企図していた債務者にとつて、許しがたいものとして受けとめられた。

(7) 債務者の債権者に対する本件解雇処分の理由のもう一つは、債権者の反債務者活動を理由とするものであつて、本件解雇は不当である。

五 債権者の賃金、手当等

債権者は債務者から賃金、手当等として次のとおり金員の支払を受けていた。

1 毎月二〇日締切当月二七日支給の賃金として一か月平均金二〇万八八四七円(但し、昭和五四年一〇月二一日から同五五年一月二〇日までの間の実績による単純平均額)

2 毎年六月一〇日支給の夏季賞与として金一五万〇八四〇円(但し、昭和五五年の実績による。)

3 毎年一〇月二〇日支給の石炭手当(越冬手当)として金八万五〇〇〇円(右同実績による。)

4 毎年一二月一六日支給の年末一時金として金二八万九六四三円(右同実績による。)

第二(保全の必要性)

一 債権者は債務者からの賃金によつて生計を立てていたところ、前記解雇処分によつて収入の途を断たれている。

二 債権者は債務者の不当な解雇処分の無効を主張し、雇用契約存在の確認を求めるため、本申請と同日札幌地方裁判所へ本案訴訟を提起したが、本案判決の確定を待つていては、その間の生活が維持できなくなり、また健康保険の適用も受けられず、回復しえない損害を蒙ることが明らかである。

別紙(二)

申請の理由に対する認否及び債務者の主張

一 申請の理由に対する認否

1 第一の一項の事実は認める。

2 第一の二項については、債権者が昭和五三年四月三〇日にその主張の交通事故にあい、同日以降通院し同年五月一五日まで欠勤したこと(1)、債権者が同年九月二〇日に交通事故にあつたこと(2)、同年一一月一〇日から昭和五四年一月八日まで欠勤したこと(3)、昭和五五年一月二一日から欠勤したこと(4)、昭和五三年六月二三日に債権者主張の示談書が作成されたこと(5)、債権者が昭和五五年七月一〇日ころ来社したこと(8)、債権者が同年八月八日に交通事故にあい、欠勤を続けたこと(9)は認めるが、その余の事実は不知、あるいは、否認する。

3 第一の三項の事実はいずれも認める。但し、後記のとおり、債権者は解雇されたのではなく、自然退職となつたものである。

4 第一の四項については、債権者が三和交通労働組合の組合員であること及び債務者と右組合との間に債権者の引用する条項を含む労働協約が締結されていることは認めるが、その余の事実及び主張は否認又は争う。

5 第一の五項の事実は認める。

6 第二については、二項の本案訴訟提起の事実は認めるが、その余の事実及び主張は否認又は争う。

二 債務者の主張

1 休職期間とその満了

債権者は、昭和五五年一月二一日以降欠勤を続けていたものであるが、昭和五三年四月三〇日の交通事故に起因する受傷の治療は、昭和五五年三月一八日をもつて終了していた。昭和五五年八月八日の交通事故は、業務とは全く関係なく、受傷したとしてもそれは私病である。

そこで債務者は、債権者の欠勤を昭和五五年八月八日から私病扱いとし、同日から三か月を経過した同年一一月八日から休職とし、右休職期間満了の日の翌日である昭和五六年二月八日をもつて退職としたものである。

2 就業規則の掲示等

債務者は、就業規則を乗務員控室に掲示し、常時従業員の閲覧に供している。そして、債権者の採用にあたり、就業規則については十分に説明し、社内教育を実施している。

3 労働協約第二一条違反の主張について

就業規則第二九条は、同条各号の事由ある場合には、解雇の意思表示を要せず雇用関係は当然に終了する、いわゆる自然退職となる旨を定めている。その顕著な事由は、「死亡」「定年」であり、休職事由(病気)が消滅せずして期間満了となつた場合も「死亡」「定年」と同じように、自然退職となるという規定である。したがつて、この場合、労働協約第二一条の規定する通知は退職の効力発生要件と考える必要はなく、単に退職者にその旨を確認させるためのものとみるべきものである。

4 労働協約第二三条違反の主張について

労働協約二三条の「異動任免」の中に、就業規則第二九条第四号「休職期間が満了し、なお休職事由が消滅しない時」による退職は含まれていない。

とくに就業規則第二三条第一項第一、二号(私傷病休職三か月、自己休職一か月)の場合には、同条第二項但し書によりその期間を延長しないこととなつていることからして「本人の意向」を尊重する余地は全くない。

なお、右の解釈は労働協約第二三条制定の折、労使間で確認されている了解事項である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例